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【アラベスク】  第12章 マジカル王子様



第3節 キューピッドの矢の行方 [6]




 キョトンと目を丸くする里奈に、背後の一人が一歩前へ出る。
「聞こえなかったの? お下がりなさいと言っているのよ」
「この方の前にいつまでのそのマヌケな面を晒すな。見苦しい」
「え、見苦しいって」
 よくはわからないが、どうやら自分はかなり批判されているようだ。じりじりと寄ってくる数人の少女に、里奈は恐怖を覚えはじめる。
 え、ちょっと待ってよ。どうしてこの人たち、私を責めるワケ? 私が何をしたの? どうしてそんな怖い顔で近寄ってくるワケ?
 オロオロと動揺したままその場に立ちすくむ里奈。その間にも近づく腰巾着。それはまるで、対決する敵との間合(まあ)いを詰める剣士さながら。やがて一人が里奈のもうすぐ傍まで歩みより、右手を勢い良く伸ばしてきた。
 や、やだっ
 思わず肩を竦める。
 やだよぉ、なんでこんなところで突然苛められるのよう。
 胸元で拳を握り締める。その手首を無遠慮に捕まれる。
 やだぁぁぁぁぁ
 泣きたい気分でギュッと目を瞑ったのと同時、肩にズンと重い衝撃。
 捕まったの?
 ヒクッと身体を震わせる。だが、耳に響くのは予想よりもはるかに低い声。
「バカッ!」
 叫ぶように言われ、引っ張られる。手首を掴んでいた手にも力が入ったが、間に合わずに離してしまったようだ。肩にかかる力強さに目を見開くと、目の前に飛び込むのは引き締まった顎。そして小さな瞳。
「こっち来いっ」
 抱き寄せられるように引っ張られ、ヨロける里奈。沸きあがる悲鳴。
 な、何?
 混乱する里奈を引き摺るように、聡は里奈の肩を掴みながら歩き出す。背の高い聡が大股で歩けば、里奈が普通に歩いてついていけるワケがない。なにより事態のまったく飲み込めていない彼女は、ワケもわからず足をもたつかせる。
 そんな里奈にうんざりしたい気持ちを無理に奮い立たせ、聡はズンズンと進んでいく。一方背後からは奇声にも似た呼び声。
「ちょっと、金本くん」
 呼ばれ、聡は一度だけ足を止めてクルリと振り返った。釣られるように里奈も上体を揺らして背後を見る。
「そんな子とどこへ?」
 どこへ行くの、という問いかけを聡の叫び声が遮った。
「お前らの方が迷惑だ。どっか行けっ!」
 羞恥か怒りか。みるみる頬を赤くしながら言葉の出ない少女を置き去りに、聡は里奈を連れて再び歩き出した。
 ど、どこへ行くの?
 ひたすら歩く事数分。ようやく止まった時には、里奈の息はかなりあがっていた。ぶっきらぼうに肩を開放され、膝に両手をついて荒い息を吐く。そんな相手に聡は小さくため息をつく。
「ったく、何やってんだよ」
「な、何って?」
 やっとのことでそう問いかける。見上げる先では、不機嫌丸出しの小さな視線。
 うわぁ、怒ってる。金本くんが怒ってるよ。
 また何かとんでもない罵声を浴びせられのだろうと里奈は覚悟して目を瞑った。だが頭上から降ってくるのは、意外にも落ち着いた穏やかな声。
「ボーっとしてたら危ねぇだろ。気をつけろ」
 正確に言えば、穏やかな声ではない。むしろ刺々しく、荒々しさも潜まれている。だが里奈にしてみれば、十分穏やかに思えた。今までの、轟音とも思えるような威圧感を込めた声に比べたら、別人ではないかと思えるくらいだ。
 頭ごなしに怒鳴られるかと思った。どうして怒鳴られるのかなど、そんな理由はわからない。金本聡は理由もなしに怒鳴ってくる存在なのだと、里奈は思っている。
 危ない? 気をつけろ?
 途端に思い浮かぶ、さきほどの女子生徒軍団。
 ひょっとして、助けてくれたのだろうか?
 握られた手首を摩りながら、まさかと否定する耳に短い声。
「痛いのか?」
 言葉と共に伸ばされる腕。抵抗する事もできずに捕まれる。握られた手首には、薄っすらとだが手跡が残っていた。
 何だよ、こんなの大した事ねぇじゃねぇか。
 聡から見れば痕とも思えぬ痕跡を、情けない顔で庇う里奈の態度。再び苛立ちが湧き上がる。
 だが聡はグッと押し込める。
 こんなところで怒鳴ったりしたら、コイツはまたベソベソ泣いたりするんだろうな。そんな事されてまた涼木にでもチクられたら厄介だ。野蛮だの優しさが足りないだの、なぜコイツを泣かせただのギャーギャー責め立てられたらたまらない。
 引き摺るようにここまで連れて来たのだって、別に助けようと思ったワケではない。ただ、あのまま放っておいて揉め事にでもなって、コイツが泣き出したりしたらこれまた厄介だと思ったからだ。それこそ俺のせいで女に苛められたなんて涼木にでも報告されたら、どんな濡れ衣を着せられるかわかったもんじゃない。
 そしてその話が、どのようにかして美鶴にでも伝わって誤解でもされてしまったら、正直困る。
 意気地の無い表情で自分と手首を交互に見てはオドオドと身を縮こまらせる相手に、聡は己を抑えた。そうして、彼としてはできるだけの配慮をして手首を離した。
「大した事はない。痕なんてすぐに消える」
 ぶっきらぼうに言い、ポケットに手を突っ込んだ。
「早く帰れ」
「え?」







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